カテゴリー「SF」の記事

2017年12月31日 (日)

ドイツ語多読本: Andreas Brandhorst: Omni

ドイツのSFの賞といえばクルト・ラスヴィッツ賞だが、その2017年のドイツ語長編部門受賞作。
Andreas Brandhorstは去年の"Das Schiff"に続き、2年連続受賞。

"Omniversum"と名付けられた宇宙を舞台にしたスペース・オペラ。
著者ホームページによると、"Omniversum"はシリーズ化するらしいが、それぞれ独立した1冊毎に完結した物語になるらしい。"Omni"はその幕開けにあたる巻。2冊めの"Das Arkonadia-Rätsel"も2017年に刊行済み。

時代は今からおよそ1万年後。タイトルの"Omni"とは、14ある超文明の連合体。このオムニの任務を実行すべく、銀河を旅してきたアウレーリウス、彼は地球人だが、オムニのテクノロジーで1万年も生きている。今回の任務は、パンドラ・マシンと呼ばれる、あるオムニ・アーティファクトを回収すること。強力な力を持つパンドラ・マシンが悪を企む者の手に落ちてはならない。そこに巻き込まれるのが、ヴィンツェント・フォレスターとツィノーバーの父娘。フォレスターはかつて汚い裏仕事もこなすエージェントをしていたが、そのしがらみでアウレーリウスを誘拐しなければならなくなる・・・。

Andreas Brandhorst: Omni

130,000語

父親と娘のコンビは珍しいと思うが、手に汗を握るストーリー展開。詳しく言えないが、フォレスターの思惑を超えるツィノーバーの行動あり、銀河の運命よりも娘の命を優先する父親魂ありと人間のドラマも熱いが、もちろんスペース・オペラらしくエキゾチックな星や宇宙の驚異の中で展開されるアクションも緊迫感があり、そして、本書冒頭にモットーとして掲げられているアーサー・C・クラークの「十分に進歩したテクノロジーは魔術と区別できない」を地で行くような、様々なオムニ・アーティファクトの驚異。ほとんどファンタジーで、そこまでできたら何でもありだなとも思えてくるが、エンターテイメントとしては十分にありだろう。
物語終盤、パンドラ・マシンを奪還できるか、敵の手に渡るかの瀬戸際のアウレーリウスのシーンは緊迫感があって、読み応えがあり。
そして、ラストはアウレーリウスのもう一つの任務があきらかになって、この巻は閉じられる。

本の最後に、この小説はアーシュラ・K・ル・グインとジョージ・ルーカスへのオマージュを含んでいると、著者の言葉がある。この本に出てくる通信デバイスの「アンシブル」はル・グインによるものだろうし、あと『スター・ウォーズ』でハン・ソロが閉じ込められる石版みたいなやつもでてくる。詳しい人ならもっと見つかるかもしれない。

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2017年12月10日 (日)

ドイツ語多読本: Dirk van den Boom: Die Welten der Skiir 3: Patronat

第1巻2017年ドイツSF大賞、ドイツ語ベスト長編受賞作"Die Welten der Skiir 1: Prinzipat"、第2巻"Die Welten der Skiir 2: Protektorat"に続く、第3巻完結編。


Dirk van den Boom: Die Welten der Skiir 3: Patronat

10,000語

第2巻のラスト、帝国からの自立を決断した地球政府の大胆な行動から1年後、地球全体が防壁で囲まれ、帝国から守られている。だが、その防壁にほころびが出始める。帝国の再侵入を許せば、厳しい粛清が始まるに違いない。そこで政府は「破壊者」に残っている主人公の一人エーダーとコンタクトを取ろうとする。向かうのはもちろん第1巻からお馴染みの面々・・・。

帝国は帝国で、「破壊者」計画の責任者の処断も終え、第2巻で発覚したもう一つの陰謀、帝国全住民の意識支配計画の調査に乗り出すのだが、こちらでも予断を許さないストーリー展開が待っている。

そして、第2巻ラストで正体を表した「破壊者」のマスターは、かつての超文明ハッタのもとに向かうべく「門」を建設、着々と準備を進める。「門」の向こうにあるものは・・・?

ハッタが何者かがあきらかになると同時に、帝国をゆるがした「破壊者」計画と意識支配計画の真の理由が判明、そもそもなぜスキイールが宇宙中からハッタ・アーティファクトを回収してきたのか、その理由も明確になる。同時に、スキイールだけでなく、地球を含めた帝国内の知的生命の成り立ちすら説明される・・・。

その説明に驚きを感じられるか、あるいは納得できるかどうかは別として、いくつもの筋を組み合わせ、重ね上げながら語られてきたストーリーの最大の動因、謎にもラストで説明がつくし、それぞれの筋も意外な展開を見せるので、飽きずに読み進められるのは確か。

ただ難点としては、同時に追わなければならない筋が多すぎるので(多い時は6、7もあるだろうか)、全体の筋を見失いやすいことか。主人公が一人や二人に絞られているわけではないので、どこに焦点を置いて読めばいいのか落ち着かないし、主人公たちがストーリーを動かすための単なる駒に見えてきたりもする。あとは、ようやくこの巻で正体を表わす超文明のハッタ人。登場人物の一人が"banal"と言っているが、卑小、と言って悪ければ、あまり人間的すぎて・・・。

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2017年11月12日 (日)

ドイツ語多読本: Dirk van den Boom: Die Welten der Skiir 2: Protektorat

2017年ドイツSF大賞、ドイツ語ベスト長編受賞作"Die Welten der Skiir 1: Prinzipat"に続き、第2巻、第3巻とようやく読み終えた。

その第2巻。

Dirk van den Boom: Die Welten der Skiir 2: Protektorat

110,000語

複数の登場人物のストーリーラインを次々に切り替えながら、少しずつ全体像を浮かび上がらせていく語り方はそのまま、第1巻で謎のまま残されていた部分をあきらかにしていきながらも、新たな謎を提示していく第2巻。新たなストーリーラインを担う人物が増えて、とくに最初は全体の関連がつかみにくいけれども、その後はすべてが解明される第3巻へと力強く導いていく。

地球を200年前に「庇護下」に入れたスキイール帝国はPatronat、Prinzipat、Protektoratの3組織のバランスの上に成り立つ。そのうちのPatronatが「破壊者」を使って権力掌握を画策、その陰謀に巻き込まれる主人公たち、そして、ついには「破壊者」がコントロールから逃れて、帝国の各文明の代表団が集まるステーションを襲撃・・。そんな第1巻の続き。

「破壊者」はステーションを破壊、主人公たちを拉致して姿を消す。圧倒的な力を持つ「破壊者」がいつどこで何をしでかすかわからない不安が広がる中、「破壊者」を作ったのはPatronatだという証拠が抵抗組織によって銀河中に公表され、帝国内部は大混乱、艦隊同士が戦闘に突入する内紛状態へ。そんな激動の中、主要人物たちにもそれぞれのドラマが待っている。

地球代表団の大使エーダーは、拉致された代表団メンバー解放を条件に、自分一人残って「破壊者」のスポークスマンになる。「破壊者」には意識があり、ただの破壊兵器ではない。だが、あいまいなほのめかしばかりで何をしようとしているのか明言しない・・・。

他の地球代表団の面々は惑星ペンドアに避難。だが、そこでスキイール内部にまた別の陰謀の臭いをかぎつける。さらに不可解な死亡事件が多発、惑星に異変・・・。

地球では、殺人事件から抵抗組織、謎のアーティファクトの存在に突き当たっていた捜査官マーケンゼンのストーリーが展開していく。その過程でマーケンゼン本人に関する驚くべき事実があきらかになる。
さらに、地球の大統領ディアスは帝国からの自由を目指す方向へ舵を切る。

抵抗組織のメンバーと行動をともにしているアマタ・カントのストーリーでは、スキイールであるにもかかわらず抵抗組織に協力しているらしい科学者クシイーンの指示で、抵抗組織のメンバーは地球に向かう。

と、それぞれの人物たちによる別々のストーリーラインが並行して進んでいくが、実はどのストーリーものは同じ一つのものを動因にしていると言ってもいい。それが第1巻で名前だけは出ていたハッタ。ハッタはスキイールが生まれる以前に存在していた超文明。そのアーティファクトをめぐって、帝国、抵抗組織、地球政府、「破壊者」がそれぞれの思惑を抱えながらドラマを作っていく。

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2017年8月20日 (日)

ドイツ語多読本: Dirk van den Boom: Die Welten der Skiir 1: Prinzipat

2017年ドイツSF大賞(Der Deutsche Science-Fiction-Preis)ドイツ語ベスト長編
Laudatio 2017 Bester deutschsprachiger Roman

三部作らしいが、むしろ、上・中・下の上巻という感じ。つまり、三部作なら一冊ごとにそれなりに話は完結していそうなものだが、いいところで次巻に続く、という終わり方をしている本作。まったく話は終わっていない。第2巻はもう出ているが、第3巻は今年の秋に出る予定。作品として完結していなくても賞を出すのか・・・という感じがしないでもない。

Dirk van den Boom: Die Welten der Skiir 1: Prinzipat

100,000語

地球が異星人スキイールに侵略・占領されて200年。地球は宇宙から隔離され、科学、技術、学問、情報など様々な制限が加えられ、文明のレベルは落とされている(たとえば飛行機にすら乗れない、ごく当たり前の治療薬もない)。その代わりにスキイールの保護下で平和な暮らしが保証されている。その地球に「目覚め」の時がやってきた。独り立ちする時期が来たとみなされたのだ。課されていた制限は撤廃され、スキイール帝国の他の種族との交易も可能になり、帝国集会に議席・投票権も得る。そこで帝国集会に地球からも代表団が送られることになる。だが、地球の「目覚め」を合図に、帝国内でひそかに計画されていた陰謀が実行に移される。そこに帝国に対する抵抗組織も絡んできて・・・。その激動の真っ只中に巻き込まれていく地球代表団のメンバーたち、そして、これからの地球の運命、向かうべき方向はいかに・・・というような話。

SF的なアイディアやロジックの妙というより、ストーリーで読ませるタイプの小説だろう。複数のストーリー・ラインを次々に切り替えながら、そこかしこに謎めいたほのめかしを残して緊張感を維持しつつ、意外な展開で読者を驚かせる。


以下もう少し詳しく。興味のある人向け。

昆虫型の異星人スキイールは宇宙の900もの文明を束ねる帝国の支配者。帝国は3つの組織によって支えられている。Protektorat(どう訳すべきか?)は帝国の領土拡大、防衛を担い、Patronatは占領地の「精神の浄化」(教化、思想教育)を担当する宗教的な組織、Prinzipatは現地の統治を担当(警察などはPrinzipatの所属)。3組織は協調しながら帝国を運営しているのではなく、競合関係にあるらしく、政治的駆け引きや策謀、主導権争いがある。それが帝国を揺るがす大事件につながっていく。

そんなスキイールの内部の政治は地球代表団にも反映されている。代表団のトップ、大使のフロークハート・エーダーはPrinzipatの所属(地球政府はPrinzipat)、Patronat所属のヨラーナは代表団の動きを監視し、さらには色仕掛けでエーダーを懐柔するようにも指示されている。エーダーの秘書ビクサ・リーは、帝国の全種族の7割は素手で殺せるという特殊訓練を受けているが、それを隠して代表団入り。後に彼女は抵抗組織に属していることがわかる。代表団は全部で4人、もう一人は学者のトルゲンだが、彼は地球を出発する直前、死体で発見される。

支配階級の権力争い、そこに絡んでくる抵抗組織の動き、それらに代表団、地球はどう関わっていくのかという政治ドラマの様相に、殺人事件の犯人探しというミステリ的展開も織り込んでくるプロット、そして、宇宙SFならではのスペクタル、圧倒な力で帝国にカタストロフをもたらす「破壊者」が出現する・・・。

構成は、章ごとに語りの視点となる人物を入れ替えながら(1人称ではない)、全体として一つの物語を紡いでいく形。エーダー視点の章の次にはビクサ・リー視点で物語が進められる、という具合。そういうふうにして代表団メンバーの動向が語られるのはもちろん、地球でトルゲン殺しを捜査するマーケンゼンの視点、陰謀の首謀者の視点、陰謀の証拠を偶然見つけてしまう貨物船の航海士アマータ・カントの視点など、複数のストーリー・ラインが次々に切り替わりながら語られていく。そのため展開は単調にならないが、話があちこちに飛ぶ印象はあるかもしれない。

とはいえ、どのストーリー・ラインも最後には予想外の事実、意外な展開があったりで、少なからず驚きが待っている。それは読んでのお楽しみ・・・なのだが、世界最長のSFシリーズで、知名度あるローダン以外、ドイツのSFに興味を持つ人がどれだけいるのやら。ローダンをおもしろいと思うなら、これも十分におもしろいと思うが・・。

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2017年8月13日 (日)

ドイツ語多読本: Perry Rhodan Neo 2: Utopie Terrania

ローダンNEO第2巻、翻訳より一足先に。

電子書籍の原書はもちろん日本語版より安い。もちろん読むのは翻訳のほうが楽だけど。

Perry Rhodan Neo 2: Utopie Terrania

40000語
表紙は第1巻に続き、宇宙船アエトロン? それとも艦載小型艇のほうか? 


翻訳は予約受付中(8/24発売)

日本語版の表紙は第1巻に続いて人物。たぶんアルコン人のトーラ。今後ヒロイン的な役割でも担うことになるのだろうか? 今のところ地球人など下等生物としか思っていないようだが。


この巻では、月から地球に戻ったローダンたちの動向、それと、第1巻と同じように、もう一つの話が並行して、交互に語られていく。

地球で病気の治療ができる、とアルコン人クレストを連れて、地球に戻ったローダン。ゴビ砂漠に着陸して、アルコンのテクノロジーを使って周囲にシールドを張る。そこを包囲し、爆撃する中国軍のBai Jun将軍。シールドは破れないものの、そこから出ることもできず、アルコン人クレストの病状は悪化していく・・・。

もう一つのストーリーは前巻で登場したアメリカ国土安全保障省のエージェント、アラン・マーカントの逃亡劇。地球に帰還するスターダストを撃ち落とそうとする国土安全保障省を裏切り、追われる身になったマーカント、逃げる途中で出会ったトラックの女運転手とのドラマがあり、スターダストがゴビ砂漠に着陸したニュースを知ると・・・。そして、ラストに第1巻のジョン・マーシャル、シドのストーリーにつながる人物が登場して、続きの展開が気になるところで第2巻終了。

日本語版第1巻の解説で、「次巻では"ローダン無双"が展開するはず、個人的には序盤最大の見せ場のひとつと思っている」とあったので期待して読んでみたが、いや、ローダンは砂漠でシールドにこもっているだけだったし・・・。ようやくラストで、周囲のジャミング装置を破壊、全世界に向けて大胆な宣言をしたので、大きなドラマ展開があるのは、この次の巻以降じゃなかろうか・・・。

それにしても、ローダンは、人間よりもはるかに文明が進んでいるアルコン人と堂々とわたり合って、巧みな駆け引きで地球への帰還も果たしたわけだが、考えてみれば、口八丁で相手の弱みにつけ込んでいるだけ(その超テクノロジーを使って協力してくれないと、クレストの病気は直せないぞ)とも言えなくもないな、今のところ。

次巻以降は読むとしたらもう翻訳でいいかな。ドイツ語で読むのは翻訳の出ていない本にしたいし。

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2017年8月10日 (木)

ドイツ語多読本: Perry Rhodan Neo 1: Sternenstaub

時代を2036年に移したペリー・ローダンの新シリーズ、Perry Rhodan NEOの翻訳が刊行開始されたので、記念に原書を読んでみた。

とりあえず第1期のVision Terrania編8冊の翻訳が7月から毎月1冊ずつ出るらしい。ドイツではNEOのほうもすで150冊以上出ていている。隔週で新しい巻が出るので、翻訳が追いつくことはないだろう。


Perry Rhodan Neo 1: Sternenstaub

48000語

オリジナルの『ペリー・ローダン』シリーズは知らないので、どこまでオリジナルをなぞっているのかよくわからないが、オリジナルへのオマージュでありつつも、新要素、新展開があるのだろう。

月面ステーションとの通信が途絶えたので、その救出に向かうローダンら4人の宇宙飛行士たち。だが、実は月で発見された未確認の人工物の調査が隠された目的。打ち上げ失敗続きの危なっかしいNOVAロケットで一か八かの出発をするスターダスト号、月に着いたと思ったら、いきなり攻撃を受け不時着、攻撃の出どころにたどり着くと例の人工物、超テクノロジーを持った異星人との交渉に臨むローダン・・・と、ハラハラドキドキの展開。おまけに、超テクノロジーを持った異星人への恐怖、またその技術によって力のバランスが崩れる懸念を抱いた、アメリカをはじめとする大国の思惑も絡んできて・・・。まあ、とにかくローダン大活躍。

そんなローダン側のストーリーとは別に、もうひとつ地球での話があって、ローダン側の話と交互に語られていく。それはストリート・チルドレンを保護する施設の話。施設の責任者のジョン・マーシャル視点から描かれる。施設で暮らすシド少年とスターダスト号打ち上げを見る場面からはじまるが、このシド少年が奇妙な能力を持つらしく、その能力を使って資金難に陥った施設を救おうとしたために・・・という話。

この2つのストーリーがどう結びつくのかは、第1巻では不明のまま。でも、次の"Perry Rhodan Neo 2: Utopie Terrania"を読んでみたら、この巻の最後でようやくつながりが少し見えてきた。安心を。


翻訳はこちら

ドイツ語オリジナルの表紙は月で発見された異星人の宇宙船アエトロン号か。日本語訳はローダンの半身を正面から描いていて、対照的。

ドイツ語原文を読んだ感じと翻訳で違和感があるものかどうか、興味本位で翻訳も読んでみた。

翻訳は読みやすいと思ったが、ローダンと相棒のブルの言葉遣いが対等でないところには違和感があるかも。ブルはローダンに対して「です・ます」、ローダンはブルに対して「だ・である」で話しかける。アメリカ人だし、年は1歳しか違わず、テストパイロット時代からの親友らしいし、もっと対等な口のききかたをする感じで読んでいた。それとも、階級は少佐と大尉で違いがあり、ローダンは船長なので、身分の差を気にする日本人の感性にはそのほうがいいのか。

一文一文照らしあわせて読むなんて面倒なことはしていないが、読みやすさ・わかりやすさを考慮してか、少し変えている個所はありそう。
たとえば、冒頭部分は"Er lächelte ..."(「彼は笑顔を作った」)を何度も繰り返しているが、翻訳では繰り返しを省略している。原文はたぶんわざと繰り返してレトリック的な効果を狙っているのだと思うが、翻訳はそれより簡潔な表現を求めたのかもしれない。
また、細部のアイテムの変更っぽいものもあるようだ。スターダスト打ち上げの時にシドは自作の宇宙服を着ていけず、それっぽく見せようとしてかChromstreifen(クロームの金筋?テープ? ストライプ状ものの気がする)を上着にくっつけていたが、翻訳ではそれが金属のバッジになっていたりする。
とはいえ、物語の本質に関わらない細部だし、翻訳だけ読むならとくに違和感を感じることもないだろう。訳文は読みやすいと思ったが、感じ方には個人差があるだろうから、まあ人それぞれか。

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2017年5月28日 (日)

ドイツ語多読本: Michael K. Iwoleit: Das Netz des Geächteten

2017年ドイツSF大賞、ドイツ語ベスト短編受賞作。

ゲームをテーマにしたSFアンソロジーに収録されている。Kindle版が見つかったので読んだ。

拡張現実のネットに繋がることが日常化している世界、ゲーム中毒の男の話。

Gamer所収

Das Netz des Geächtetenは9400語程度。

タイトルは「追放された者たちのネット」ぐらいの意味。

アルコールやドラッグやらの更生プログラムにあるような、依存症患者のミーティングの場面が冒頭。たがいに自分の体験を告白しあうみたいなやつ。それに参加しなければならなくなった主人公。何の依存症かというとゲーム。ゲームに熱中するあまり、人のアカウントを乗っ取り、金を盗んだりして、裁判所にネットからの強制ログアウト、二年間のネット接続禁止、更生プログラムへの参加を命じられている。

で、同じ参加者の一人が話しかけてきて、海賊版ネットがあると言う。HUD(ヘッドアップディスプレイ)のプロセッサを使ったやつだろ、あんなもの使えないと答える主人公だが、その男は100ペタフロップ相当の巨大並行マルチプロセッサが頭の中にあるだろ、と言って主人公に生体チップを渡す。主人公はそんな怪しげなものを使う気にならないが、ゲームに没入していた時のプラッシュバックに苦しめられ、思わずその生体チップのインプラントに手を出してしまう・・・というストーリー。

拡張現実がごく当たり前の世界。去年話題になったポケモンGOも拡張現実だろうが、この話ではスマートグラスのようなメガネか何かで拡張現実を体験しているらしい。外を見れば、アニメーション化されたロゴや広告、イフォメーションのバナーやフィード、交通標識などなどが外の風景と一緒に視界に現れる。それだけなく、拡張現実で自分の容姿にもいろいろ手を加えたりと、生の現実を直接見ることがほとんどないらしい。主人公は拡張現実がない世界のことは親の世代の話でしか知らないという。

ネットから追放されるというのは、つまり何の美化も施されない生の薄汚れた世界で生活するということ。そのうちに生体チップの効果が現れ始め、最初は視界のぎりぎり外側で何か動いた気がするが、そのうち線やら立方体やら円柱やら幾何学模様が見え、しだいに建築物の形をなしていく。現実の町に重なりあうようにして、もうひとつの町が現出していく。実際に町を歩き回りながらゲームにのめり込んでいく主人公・・・。

その拡張現実を知覚していく描写が個人的には新鮮でおもしろかった。
そして、きれいに伏線を回収しつつ、「追放された者たちのネット」を利用しているように思わせながら実は・・・というラストもきれいに決まった読み応えのある短編。


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2017年5月23日 (火)

ドイツ語多読本: Marc Elsberg: Helix - Sie werden uns ersetzen

Elsbergの"Helix"をようやく読んだ。前作"Zero"は読んだので、去年出た時に買っていたもの。

これで3作目らしいが、前2作はどちらも翻訳されているので(『ブラック・アウト』『ゼロ』)、これもひょっとしたら翻訳されるのかもしれない。ドイツ語の普通の発音では「エルスベルク」じゃないかと思うが、翻訳本では「エルスベルグ」になっている。人名なのでよくはわからないが・・・。

この人はおそらく話題のテクノロジーを取り上げ、サスペンスに仕立てる感じの作風が売り。
今回はタイトルの「螺旋」からも推測できるように、DNA、遺伝子の操作、ゲノム編集が人間、社会にもたらすものは・・・?

今年、SFのラスヴィッツ賞の長編部門にもノミネートされていている。2017年ドイツSF大賞にもノミネートされていたが、受賞は逃している。

Marc Elsberg: Helix - Sie werden uns ersetzen

130,000語

前作ではアメリカ大統領をドローンで追いかけ回し、それをネット中継するという派手な出だしで、読者を話に引き込んでいったが、今回もやり方は同じ。ミュンヒェン訪問中のアメリカの外相が演説中か何かに突然倒れる。慌てて駆け寄るボディガードたち、パニックになる会場。

検死解剖してみると、心臓になぜかドクロマークが浮き上がるという謎。ホワイトハウスのアドバイザー・チームの女性に事件究明が命じられる。死因はどうやらウィルスによるものらしく、感染経路を辿って行くと・・・。これが主要な筋の一つ目。

これと並行して、アフリカのタンザニアでは、害虫と干ばつの被害が広がる中、なぜか健康なトウモロコシが育つ場所が見つかる。どうやらドローンらしきものが何かを散布しているらしい。品種改良した種やら殺虫剤を売りつけて金儲けしているバイオ企業にとっては、そんなことをされては商売上がったり。というわけで、誰がそんなことをしているのか、追求を始めるバイオ企業の暗躍がもう一つの主要な筋。

さらに、不妊治療を受けている病院で、不妊治療どころか赤ん坊の健康、容姿や知能までも自由にできるデザインできるところがある、と教えられる夫婦。これが主要な筋の三つ目。半信半疑ながらも、行き先がわからないように窓の外が見えないようにしたチャーター機に乗り込む夫婦・・・。

さらにもう一つの筋では、飛び級で大学に入学、容姿もモデル並みの女の子、いつもボディガードを連れている、というより見張られている様子。その女の子がボディガードの目を盗み、失踪。それを必死に探しだそうとする母親(?)には何か特別なわけがありそう・・・。

もちろん、これらの話はつながり合っていて・・・という話。

ゲノム編集によってピンポイントで遺伝子を改変することができるようになり、それによって難病の治療が可能になったり、病気や環境の変化に強い植物を作ったり、肉が多くとれる動物・魚を作ったり、と様々な恩恵がもたらされると同時に、遺伝子を永続的に変えてしまうことの倫理的問題、さらにはデザイナー・ベビーのような、かつての優生学的発想の問題も想起させられる。もちろんそこには金の臭いがプンプンするわけで、利権やビジネスも巻き込んだ、おもしろいストーリーが展開できそうなテーマであることは確か。

ドイツ語で読む人向けにコメントしておくと、短い章で区切りながら、いくつかの筋を並行して追っていくので、続きが気になってテンポよく飽きずに読める。文章もエンターティメント小説なので平易だろう。




以下はネタバレを含んでいるので、出るかどうかわからないが翻訳を待っている人、ドイツ語で読む人は注意。

現在ゲノム編集でどこまでできるのかよくわからないが、デザイナー・ベビーがすでに存在していたら・・・というのがこの小説。10歳ですでに20歳の容貌だったり、身体能力が人間離れしていたり、知能も一般の大人以上、というか専門的な科学者以上、そんな子供たち・・・。そして、盛大にネタバレすると、事件を引き起こしたのは、デザイナー・ベビーのプロトタイプとも呼ばれる男の子と女の子の二人(10歳)。ウィルスを作ってアメリカの外相を殺したのも、タンザニアで無償で改変トウモロコシを提供していたのものも、デザイナー・ベビー研究を主導しているのも、実はこの二人・・・。

それがわかった時点で、小説としてもありえない絵空事と切り捨てる人も出てきそうな気はする。だが、彼らがそういう行動に出た理由は? そういうデザイナー・ベビーから見た視点が存在することが、この小説のおもしろいところでもある。デザイナー・ベビーのようなものを生み出していいのかどうか人はいろいろ論議するかもしれないが、まだ存在もしていないデザイナー・ベビーの側から人間、世界を見るという発想はしなさそうだから。そこがこの小説のSF的なところかもしれない。SFの賞にノミネートされているのもそれなりに納得できる。

SF的な設定に拒否反応を起こす人もいるだろうし、また逆に、SFだったらもっと先の遺伝子操作なんか当たり前の世界も描いてしまうから、SFだと思って読むと物足りなさが残るかもしれない。が、現代のテクノロジーがもたらす可能性と問題を提起しながら、それをサスペンス仕立てのエンターテイメント小説にまとめ上げているのは間違いない。


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2017年2月27日 (月)

ドイツ語多読本: Andreas Brandhorst: Das Schiff

2016年ドイツSF大賞ベストドイツ語長編
http://www.dsfp.de/preistraeger/2016-2/laudatio-2016-bester-deutschsprachiger-roman
2016年クルト・ラスヴィッツ賞ベストドイツ語長編
http://www.kurd-lasswitz-preis.de/2016/KLP_2016_Bester_Roman_Laudatio.htm
のダブル受賞作。

Andreas Brandhorst: Das Schiff

130,000語


6000年後、想像したって仕方がないそんな遠い未来を舞台にできるのはSFならでは。

その頃、人間は不死を手に入れている。それは地下に広がるAIの集合体「クラスター」のおかげ。人間をはるかに超えるスピードで進化したAIには不死治療すら可能。人は30歳になると不死の治療を受け、その後は老いも病気も知らず、すべてをクラスターにまかせて、永遠の命を楽しむだけ。ただし気候変動で水面は上昇、全人口は400万人に減少。

そんな世界で主人公Adamは不死になれなかった男。ごくまれに発現する「オメガ因子」、それを持つ人間に不死治療はできない。30歳で自分もその一人だと知ったAdamもすでに92歳。外部骨格的な機械を装備しないと外出もままならない。もしくは肉体を生命維持装置に入れて、Faktotumと呼ばれる義体に精神転送して動きまわるか。そんな死を目前にしたAdamにもやれることがある。それは地球の外、宇宙に飛び出していくこと。

もちろん老いた肉体で宇宙に行くのではない。クラスターは無数のゾンデを宇宙に送り出し、1000光年先にまで到達している。ゾンデが行き着いた星は地球と量子リンクで結ばれ、精神を転送できる。そこでは最長1000年かけてゾンデによって運ばれた義体が精神を待ち受けているという仕組み。もちろん量子の絡み合いを利用するのでリンクは光速の制限を受けない。それを使って地球の外に出ていけるのは、Adamのように不死になれなかった人間だけ。彼らはMindtalkerと呼ばれる。地球に131人しかいない。不死を得た人間は地球に縛りつけられる。

クラスターがMindtalkerたちを宇宙に送り出すのは、かつて高度文明を作り上げたMuriahの遺産を探しているから。Muriahは「カスケード」というネットワークを宇宙に張り巡らし、銀河間の物理的な移動すら自由にできるほどだった。1000光年先にゾンデを送るのに1000年かかるクラスターなど足元にも及ばない。ところが、宇宙の高度文明をいくつも滅亡させた「宇宙炎上」を境に、Muriahは姿を消してしまった。それが100万年前の話。

そんなわけで、今回の行き先はCygnus 29だと告げるのは、クラスターの数ある人格の一つBartholomäus。Adamの教育係で、人型の「アバター」に身を包んで登場する。文明の跡を示すオベリスクと宇宙船らしきアーティファクトが見つかったのだ、という。若い頃からの知り合いで、かつてはいっしょに暮らしていたこともあるRebeccaと調査に出かけるが、謎の宇宙船が出現、攻撃を受ける。現地のAIやクラスターの制止を振りきって、Rebeccaを救いに行くAdam、どうにか彼女の義体の頭と胴体を抱えて地球に緊急帰還する。

これが事の始まりだが、ストーリー展開がおもしろくなっていくのは、クラスターに対する疑惑が生まれてから。謎の女性がAdamに接触してきて、「オメガ因子など存在しない」と言う。つまりクラスターは人間を欺いているのだと。Adamは最初それを信じないが、疑いを深めていく。クラスターは何を隠しているのか、Adamは何に巻き込まれているのか? 

と、不死になったらどうなんだろう、人工知能の進化の先には何があるのだろうなどと考えさせられつつも、先が気になってページをめくってしまう。とくにクラスターの意図がわかった後の展開はスリリング。最後にはMuriahや「宇宙炎上」の謎、Cygnus 29で攻撃してきた未知の宇宙船の謎もすべて繋がり合っていたことがわかる、練り上げられたプロット。安心して楽しめると思う。


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2017年1月17日 (火)

ドイツ語多読本: Karsten Kruschel: Was geschieht dem Licht am Ende des Tunnels

ドイツSF大賞のベスト短編を紹介したので、同じくSFのKurd Laßwitz賞のほうも。
2016年のドイツ語ベスト短編。

Kurd Laßwitz Preis  2016 Beste deutschsprachige SF-Erzählung

これも電子書籍で読める。紙の本しかなかったら読まなかっただろう。
NOVA Science Fiction Magazin 23: Themenausgabe Musik und Science Fiction

これに収録。

NOVAは半年に一度出ているドイツ語の短編SFのアンソロジー、ということのようだ。
この号は「音楽とSF」というテーマで統一しているが、巻頭言にはテーマ設定をしたのはひさしぶりだとあったので、普段はただの短編アンソロジーなのだろう。ドイツSF大賞ベスト短編が掲載されていたphantastisch!は、出版の動向やら作家のインタビューやら、ハーラン・エリスンの特集記事などがあって、雑誌だったが、こちらは定期刊行のアンソロジー、あくまでも作品メインのようだ。

受賞作の"Was geschieht dem Licht am Ende des Tunnels"は、SF怪奇譚みたいな感じか。
語数は1万語を越える程度の分量。

表題にトンネルとあるが、道路や鉄道のトンネルではなく、坑道。ただし掘るのはゴミの山。廃物が積み重なり、層となった地面に縦穴を掘り、さらにいろいろな深さで横穴を掘っていく。採掘場の周りでは、掘り出された廃棄物から金属やプラスチック類を抽出する工場が煙を吐く。つまり、資源が枯渇した未来の話。

主人公はそんな採掘場の坑夫。冒頭の場面も坑道の中。もちろん資源探しが仕事だが、主人公にはもうひとつ目的がある。それは昔のCD、できればレコードの発掘。この場面でも、見つけたCDにテスターをあてて再生してみたりしている。すると、何か視界をよぎるものがある。いっしょに坑道に入っているパートナーの女性を見ると、彼女も見たらしく「手だ」と言う。そして、なぜか英語で何かを口走る。何を言ったのか聞き返してみるが、彼女は何も答えない。それで得体の知れない恐怖を感じつつ坑道を後にする・・・。

そんな冒頭だが、この女性が口走った英語に注がついていて、Tear For Fearsの"Mad World"の歌詞の一節だと読者にはわかる仕組み。音楽とSFというテーマに合わせた趣向なのだろう。不可解な現象が起こるときに主人公の直接頭の中に響いてきたりと、重要なポイントでいろいろな歌が出てくる。古くは1960年代から2006年あたりまでの歌、十数曲。

その後、主人公は別のパートナーと組んでお宝を発見。その坑道の採掘権を主張、会社に認めさせる。ところが、冒頭場面でいっしょに坑道に入っていた女性がやってきて、あの坑道を会社は放棄するのだと言う。どんな機械を使ってもマッピングできない異常な地域にあるため危険だからだと。そして、これから主人公が入ろうとしている坑道も同じ地域にあるのだ、と警告する。もちろん主人公は聞く耳を持たず、問題の坑道に入っていく。そこで目にするのは・・・?

そんな感じの話だが、不可解な現象を説明する理屈がないので、SFというよりは怪奇譚というか怪異譚というか。用途もわからなくなってしまった機械の残骸や数知れない廃物が積み重なり、押し潰された闇の中を穴を掘って進んでいく、そんないかにもな舞台に出現する不可解な出来事。それは音楽の亡霊か何かなのか?? 随所に現れる歌は闇の中の不可解なものからのメッセージとも読めるようになっている。

状況の異常さや恐怖感、その場の緊迫感などはあらすじの説明では伝わらない。それは描かれる細部に宿るものだろうから。

2つのSF賞のベスト短編を紹介したが、長編はドイツSF大賞もラスヴィッツ賞も2016年は同じ作品が受賞。Andreas Brandhorstの"Das Schiff"。最初のほうを少し読んだかぎりではおもしろそうだが、今は中断。長編はできるだけ一気に読まないとダメなんだよなあ・・・。


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