ドイツ語多読本: Tom Hillenbrand: Drohnenland
2015年のLaßwitz賞ドイツ語長編部門の受賞作。
http://www.kurd-lasswitz-preis.de/2015/KLP_2015_Bester_Roman_Laudatio.htm
読もう読もうと思っていたら、いつのまにか翻訳が出ていて、ちょっと驚いた。が、グラウザー賞受賞作とあって、なるほどミステリだからか・・・と思い直す。ドイツのSFの賞なんか取ったって、日本語に訳されるとは思えないから。
というわけで、近未来を舞台にしたSFミステリ。読んだ感じだとミステリ要素のほうが強いかな。もともとミステリの作家のようだし。
残念ながら、日本から電子書籍版は買えないので、紙の本。
Tom Hillenbrand: Drohnenland
94000語
エンターテイメントなので、文章は平易で読みやすい。
主人公視点の一人称小説。主人公はなにやらハンフリー・ボガード好きらしい。ハードボイルド小説というのは一人称でないと格好がつかないらしいのだが、それを意識しての一人称? あと、文章がすべて現在形なのもそれと関係ある?
でも、映画が3Dどころか360度パノラマになっている近未来、ボギーのポスターを自分のオフィスに貼っているのはどういうつもりなんだろう、主人公40代後半、刑事(男)? ただのレトロな趣味ならいいが、たまに「ボギーがこっちを見てやがる」的なことを思ったりするのは、ちょっと恥ずかしい気がしないでもない。でも、相手がEU議会の大物だろうが大企業のトップだろうが、堂々とわたり合って捜査を進めていく姿はハードボイドなのかもしれない。たまに皮肉なセリフを漏らしたりもする。データを一週間もこねくり回してようやく被害者の性別がわかるのが検死官だ、とか。
一言で近未来と言ってもわからないだろうから、少し説明。
アラブは核で汚染されているらしく、アフリカでは太陽光発電をめぐって紛争、アメリカは没落し、波力発電でポルトガルが興隆。そして、気候変動か何かでオランダや北ドイツは海に水没、主な舞台のブリュッセルはずっと雨ばかり降る・・・。
テクノロジーは進歩していて、車は自動運転、口で命令すればOK。フロントガラスはモニタに早変わりして、警察のコンピュータと通信できたり。モニタといえば、いろんなものがモニタになってネットにつながるといっていいくらい。店のテーブルもそうだし、着ている服、さらにはスプレイで壁に噴射したらモニタになる、なんてのまで。それから、メガネもネットとつながって、データを表示したり記録したり。
警察小説なので捜査テクノロジーも見所。ユーロポールの捜査コンピュータTEREISIAS(通称Terry)は「ミラースペース」なる仮想世界を作って、事件現場を視覚や聴覚だけでなく、触覚や味覚も含む全感覚で再現。刑事はそこに潜って現場をリプレイ、被害者が銃で撃たれる瞬間を、脇に立って見ていたりすることもできる。EUの諜報機関が持っているコンピュータはさらに高性能で、過去の再現ではなくリアルタイムで「ミラースペース」を作ることができる。だからたとえば、テロリストのアジトをライブで「ミラーリング」、その「ミラースペース」に捜査員を送り込み、そこから敵に姿を見られずにリアル世界の突入部隊を先導させる、なんてことも可能。その上、捜査コンピュータは過去や現在を再現するだけでなく、人の未来の行動予測までする。Aさんがいつ何々をする確率は〇〇パーセント、みたいに。
そんなことが可能なのはそれだけの膨大なデータがあるから。で、そのデータを集めているのが、一般の監視カメラは言うまでもなく、いろんなドローン。Kolibri(ハチドリ)とかMolly(分子何とかの略)とか、Mite(ダニサイズ?)なんてのもある。というわけで、タイトルは"Drohnenland"(翻訳では『ドローンランド』)か。
こんなSF的な舞台設定で、SF的ガジェットを駆使して行われる捜査やアクション・シーン自体が興味深く、スリリングな読みどころではあるが、話はミステリの枠をきっちり踏まえた感じで、ミステリ読者も安心な展開と言えそう。まあ、SF読者よりミステリ読者のほうが圧倒的に多いだろうし・・・。
殺人事件が発生、刑事が捜査に乗り出していって・・・という、いかにもミステリな発端。
イギリスのEU離脱を決めるには憲法改正が必要、というので、その投票を間近に控えた頃、EU議会の議員が射殺される。捜査にあたるのが主人公Westerhuizen、ユーロポールの主任警部。もちろん捜査にはコンピュータTerryの行動予測やミラーリングが活躍するが、そこにはコンピュータ分析官Avaの存在も不可欠(後に人間不要の自律型の次世代Terryも登場するが・・・)。主人公と若い女性分析官のコンビで事件を追うという筋立て。
近未来のハイテク利用を除けば、きわめてオーソドックスな展開。現場検証をして、被害者の自宅を家宅捜索、被害者の関係者の証言を取り・・・と、こんな感じで手がかりを探し、推理。また、被害者がEU議会の議員だけあって、政治的なネゴシエーションがあったりもする・・・。
結局、コンピュータが割り出した容疑者が犯人だろうということになるが、逮捕時にドローンが暴走、容疑者は死亡・・・。とりあえずは一件落着したかに見えるが、もちろん本当の話はここから始まる。
主人公がライブのミラーリングを行った際、本来ありえないことだが何者かがミラースペースに侵入して、メッセージらしきものを残していた。それ自体が謎だが、そのメッセージをたどると、他にもEU議員が死亡していることがわかる。事故死とされているが、ひょっとして・・・? さらに、そこから浮かび上がる、TalConという企業の存在(上述のデータ・メガネなどを作っている企業)・・・。
さらに、殺された議員の殺人現場にもう一度行ってみると、犯人が発砲したはずの場所(ミラースペースで弾道を見て確認した)がそもそも存在しない。つまり、ミラースペース自体が改ざんされていた・・・・。
ユーロポールのデータ改ざんと、ここまでくると、ちょっとやばそうな陰謀の匂いがしてくる。実際、主人公は命を狙われ・・・・と、あとは真相があきらかになるまでのスリリングな展開が待っているのみ。
翻訳まで読んでいないが、これ。
トム・ヒレンブラント:ドローンランド
それにしても、2015年はドイツSF大賞のほうも、取ったのはSF作家じゃないみたいだし(「Markus Orths: Alpha & Omega. Apokalypse für Anfänger」)、どういうことなんだろう。
2作を較べれば、ただのSFホラ話とも取れなくもない、"Alpha & Omega"のほうが型破りなおもしろさがある。ミステリって結局、事件が起こって、それが解決されるという結末は決まっていて、その意味では先がわかりきった話だし(読んでいる間はもちろんおもしろい)。
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