2017年ドイツSF大賞(Der Deutsche Science-Fiction-Preis)ドイツ語ベスト長編
Laudatio 2017 Bester deutschsprachiger Roman
三部作らしいが、むしろ、上・中・下の上巻という感じ。つまり、三部作なら一冊ごとにそれなりに話は完結していそうなものだが、いいところで次巻に続く、という終わり方をしている本作。まったく話は終わっていない。第2巻はもう出ているが、第3巻は今年の秋に出る予定。作品として完結していなくても賞を出すのか・・・という感じがしないでもない。
Dirk van den Boom: Die Welten der Skiir 1: Prinzipat
100,000語
地球が異星人スキイールに侵略・占領されて200年。地球は宇宙から隔離され、科学、技術、学問、情報など様々な制限が加えられ、文明のレベルは落とされている(たとえば飛行機にすら乗れない、ごく当たり前の治療薬もない)。その代わりにスキイールの保護下で平和な暮らしが保証されている。その地球に「目覚め」の時がやってきた。独り立ちする時期が来たとみなされたのだ。課されていた制限は撤廃され、スキイール帝国の他の種族との交易も可能になり、帝国集会に議席・投票権も得る。そこで帝国集会に地球からも代表団が送られることになる。だが、地球の「目覚め」を合図に、帝国内でひそかに計画されていた陰謀が実行に移される。そこに帝国に対する抵抗組織も絡んできて・・・。その激動の真っ只中に巻き込まれていく地球代表団のメンバーたち、そして、これからの地球の運命、向かうべき方向はいかに・・・というような話。
SF的なアイディアやロジックの妙というより、ストーリーで読ませるタイプの小説だろう。複数のストーリー・ラインを次々に切り替えながら、そこかしこに謎めいたほのめかしを残して緊張感を維持しつつ、意外な展開で読者を驚かせる。
以下もう少し詳しく。興味のある人向け。
昆虫型の異星人スキイールは宇宙の900もの文明を束ねる帝国の支配者。帝国は3つの組織によって支えられている。Protektorat(どう訳すべきか?)は帝国の領土拡大、防衛を担い、Patronatは占領地の「精神の浄化」(教化、思想教育)を担当する宗教的な組織、Prinzipatは現地の統治を担当(警察などはPrinzipatの所属)。3組織は協調しながら帝国を運営しているのではなく、競合関係にあるらしく、政治的駆け引きや策謀、主導権争いがある。それが帝国を揺るがす大事件につながっていく。
そんなスキイールの内部の政治は地球代表団にも反映されている。代表団のトップ、大使のフロークハート・エーダーはPrinzipatの所属(地球政府はPrinzipat)、Patronat所属のヨラーナは代表団の動きを監視し、さらには色仕掛けでエーダーを懐柔するようにも指示されている。エーダーの秘書ビクサ・リーは、帝国の全種族の7割は素手で殺せるという特殊訓練を受けているが、それを隠して代表団入り。後に彼女は抵抗組織に属していることがわかる。代表団は全部で4人、もう一人は学者のトルゲンだが、彼は地球を出発する直前、死体で発見される。
支配階級の権力争い、そこに絡んでくる抵抗組織の動き、それらに代表団、地球はどう関わっていくのかという政治ドラマの様相に、殺人事件の犯人探しというミステリ的展開も織り込んでくるプロット、そして、宇宙SFならではのスペクタル、圧倒な力で帝国にカタストロフをもたらす「破壊者」が出現する・・・。
構成は、章ごとに語りの視点となる人物を入れ替えながら(1人称ではない)、全体として一つの物語を紡いでいく形。エーダー視点の章の次にはビクサ・リー視点で物語が進められる、という具合。そういうふうにして代表団メンバーの動向が語られるのはもちろん、地球でトルゲン殺しを捜査するマーケンゼンの視点、陰謀の首謀者の視点、陰謀の証拠を偶然見つけてしまう貨物船の航海士アマータ・カントの視点など、複数のストーリー・ラインが次々に切り替わりながら語られていく。そのため展開は単調にならないが、話があちこちに飛ぶ印象はあるかもしれない。
とはいえ、どのストーリー・ラインも最後には予想外の事実、意外な展開があったりで、少なからず驚きが待っている。それは読んでのお楽しみ・・・なのだが、世界最長のSFシリーズで、知名度あるローダン以外、ドイツのSFに興味を持つ人がどれだけいるのやら。ローダンをおもしろいと思うなら、これも十分におもしろいと思うが・・。