ドイツ語多読本: Andreas Brandhorst: Das Schiff
2016年ドイツSF大賞ベストドイツ語長編
http://www.dsfp.de/preistraeger/2016-2/laudatio-2016-bester-deutschsprachiger-roman
2016年クルト・ラスヴィッツ賞ベストドイツ語長編
http://www.kurd-lasswitz-preis.de/2016/KLP_2016_Bester_Roman_Laudatio.htm
のダブル受賞作。
Andreas Brandhorst: Das Schiff
130,000語
6000年後、想像したって仕方がないそんな遠い未来を舞台にできるのはSFならでは。
その頃、人間は不死を手に入れている。それは地下に広がるAIの集合体「クラスター」のおかげ。人間をはるかに超えるスピードで進化したAIには不死治療すら可能。人は30歳になると不死の治療を受け、その後は老いも病気も知らず、すべてをクラスターにまかせて、永遠の命を楽しむだけ。ただし気候変動で水面は上昇、全人口は400万人に減少。
そんな世界で主人公Adamは不死になれなかった男。ごくまれに発現する「オメガ因子」、それを持つ人間に不死治療はできない。30歳で自分もその一人だと知ったAdamもすでに92歳。外部骨格的な機械を装備しないと外出もままならない。もしくは肉体を生命維持装置に入れて、Faktotumと呼ばれる義体に精神転送して動きまわるか。そんな死を目前にしたAdamにもやれることがある。それは地球の外、宇宙に飛び出していくこと。
もちろん老いた肉体で宇宙に行くのではない。クラスターは無数のゾンデを宇宙に送り出し、1000光年先にまで到達している。ゾンデが行き着いた星は地球と量子リンクで結ばれ、精神を転送できる。そこでは最長1000年かけてゾンデによって運ばれた義体が精神を待ち受けているという仕組み。もちろん量子の絡み合いを利用するのでリンクは光速の制限を受けない。それを使って地球の外に出ていけるのは、Adamのように不死になれなかった人間だけ。彼らはMindtalkerと呼ばれる。地球に131人しかいない。不死を得た人間は地球に縛りつけられる。
クラスターがMindtalkerたちを宇宙に送り出すのは、かつて高度文明を作り上げたMuriahの遺産を探しているから。Muriahは「カスケード」というネットワークを宇宙に張り巡らし、銀河間の物理的な移動すら自由にできるほどだった。1000光年先にゾンデを送るのに1000年かかるクラスターなど足元にも及ばない。ところが、宇宙の高度文明をいくつも滅亡させた「宇宙炎上」を境に、Muriahは姿を消してしまった。それが100万年前の話。
そんなわけで、今回の行き先はCygnus 29だと告げるのは、クラスターの数ある人格の一つBartholomäus。Adamの教育係で、人型の「アバター」に身を包んで登場する。文明の跡を示すオベリスクと宇宙船らしきアーティファクトが見つかったのだ、という。若い頃からの知り合いで、かつてはいっしょに暮らしていたこともあるRebeccaと調査に出かけるが、謎の宇宙船が出現、攻撃を受ける。現地のAIやクラスターの制止を振りきって、Rebeccaを救いに行くAdam、どうにか彼女の義体の頭と胴体を抱えて地球に緊急帰還する。
これが事の始まりだが、ストーリー展開がおもしろくなっていくのは、クラスターに対する疑惑が生まれてから。謎の女性がAdamに接触してきて、「オメガ因子など存在しない」と言う。つまりクラスターは人間を欺いているのだと。Adamは最初それを信じないが、疑いを深めていく。クラスターは何を隠しているのか、Adamは何に巻き込まれているのか?
と、不死になったらどうなんだろう、人工知能の進化の先には何があるのだろうなどと考えさせられつつも、先が気になってページをめくってしまう。とくにクラスターの意図がわかった後の展開はスリリング。最後にはMuriahや「宇宙炎上」の謎、Cygnus 29で攻撃してきた未知の宇宙船の謎もすべて繋がり合っていたことがわかる、練り上げられたプロット。安心して楽しめると思う。
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