2015年ドイツSF大賞受賞作: Markus Orths: Alpha & Omega. Apokalypse für Anfänger
2015年ドイツSF大賞の国内ベスト長編。
http://www.dsfp.de/preistraeger/2015-2/laudatio-2015-bester-deutschsprachiger-roman
Markus Orths: Alpha & Omega. Apokalypse für Anfänger
148000語
「アルファ&オメガ」 副題は黙示録入門、みたいな感じか。
アルファにしてオメガ、黙示録、というわけで、この世の終末と救世主の物語、というか、そのパロディ。
作者はとくにSF作家というわけでもないようだ。
本の紹介文はこんな感じ:
突如ネバダに出現したブラックホール。物理学者が作ってしまった。さあ、どうする? Omegaならなんとかしてくれるかもしれない。なんといっても三分割脳を持った最初の人間、すばらしい念動力の持ち主だからだ。そこに加わるのは彼女の兄Alphaと奇妙なヒーローたち・・・。そして、それを物語るのは、2525年からタイムトラベルしてきたElias Zimmermann・・・。
こんな紹介文だが、あらかじめ言っておくと、ブラックホールが出現して地球に危機が迫るのは物語もかなり終盤になってから。それまでは、かつての救世主イエス伝ならぬOmega伝、というか、Omegaをめぐるちょっとおかしな人間たちのドラマと思って読んだほうがいい。シリアスなSFではなく、笑いを前面に出した、地球の終末と救済にいたるまでの、騒がしくも壮大なドタバタ劇。
一言でいうと、とにかく饒舌。くだらないダジャレや皮肉や風刺を散りばめながら、素粒子論、超ひも理論を語ったかと思うと、ファッションモデルの世界やテニスのウィンブルドン大会、現代のパフォーマンス・アートを描き、ダライ・ラマ候補探しやら金を生み出す「信用」のからくりを語り、さらには顕微鏡的なニューロンの動きや脳死をライブ実況、そして、ブラックホールやらワームホール、裸の特異点を描写・・・などなど。とまあ、これでもかというくらいにアイディアたっぷり、饒舌に語りまくる。
プロローグは2525年。
誰も使わない図書館に迷い込んだ、この物語の語り手Elias Zimmermann。司書ロボットに彗星の衝突で地球が滅ぶまであと数十日と教えられる。が、ピンと来ない。この時代の人間は脳に細工をしているらしく、過去や未来のことを考えないからだ。それで司書ロボットに何とか言うピンを抜かれて、ようやく危機を感じ始めるElias Zimmermann。500年前に地球を救ったOmegaに関する本を読み漁り、興味が出てきたところで、司書ロボットにタイムマシンがあるのだと告げられる。Omegaに会いに行けば危機を回避する方法もわかるかもしれない、と。それで自分もOmegaみたいな地球を救うヒーローになれるかも、なんて思うEliasだが、このタイムマシンは利用者を廃人にしてきた代物。肉体を残して精神だけ過去に送るため、誰にも(自分自身にも)見えず、聞こえず、触れられない、そんな状態に耐えられなくなるというのだ。だが、司書ロボットが言うには、それは脳が三つしかなかった時代の話。四分割脳を持つ現代人は大丈夫だろうというので、やる気になるElias。ところが、Omegaが地球を危機から救った2021年あたりに行くつもりが、司書ロボットにだまされて、2000年に飛ばされてしまう。Omegaが世に現れた時から知ってもらわないと困るのだ、と。何十年も肉体なしなんて、地球より先に俺のほうが危機かも・・・。
こうして、Omega誕生(というか出現)の2000年に降り立つElias Zimmermannだが、それ以降Eliasが直接体験したことだけが物語られるわけではない。それ以前の、Omegaの養父母KoljaとBirte(Bitch)それぞれの生い立ちやなれそめ、養祖父Gustoの数々のおかしな行状なども、たっぷりとユーモラスに語られる。が、長くなるので省略。Omega出現以降のストーリー展開をごくごくかいつまんで紹介。
OmegaはKoljaとBirteの息子(Alpha)が生まれた病院にどこからともなく現れた赤ん坊で、なぜかKoljaになつき、Birteの母乳しか飲まない。それで二人が引き取ることに。と同時に、白いハスキー犬Escherが登場、いっしょに暮らすことになる。この犬、レントゲンを撮ると何も写らない、空っぽの謎の犬・・・。
Omegeは肌が黒い、髪の毛が一本も生えない赤ん坊。自分の娘の子育てすらしたことがない祖父Gustoが、赤ん坊を扱いかねて「排泄物の哲学」やら素粒子論を語りだすのを、Alphaといっしょに聞きながら育つ。大きくなり、モデルを目指すが、ある時自分に念力があることに気づく。それをウォーキングに利用、宙を浮かんでいるような美しい歩き方に見せる、なんてずるいことをする・・・。人類初の三分割脳の持ち主で、三番目の脳がブラックホールか、というトンデモ設定。超ひも理論のいうところのひもが肉眼で見えるという・・・。
そして、両親が飛行機事故で行方不明に。普段は口を開けば不謹慎な冗談が出てくる祖父Gustoも意気消沈。元気づけようと、念力でティッシュペーパーの箱を動かして見せる、けなげなOmegaだが、それでGustoの目がキラリ。カジノのルーレットに使える・・・。両親の捜索資金を稼ぐためだと言われ、協力してくれたらモデルのコンテストに出てもいいから、なんて甘い言葉に頷いてしまうOmega。さらにGustoは大奇術師Gustoniとして、超絶ジャグリングや空中浮遊のショー(みんなOmegaの力による)でアメリカ・ツアー・・・。
行方不明の両親、KoljaとBirteのほうは無人島生活を余儀なくされる。正確には二人っきりではなく、語り手Elias Zimmermannも含めた三人での生活だが、Eliasが曲者、肉体を持たないただの観察者に収まってはいない。Birteに欲情するが、体がないので苦しくて仕方がない。それでKoljaの体を乗っ取るという暴挙に出ていたのだった・・・。
家族以外にもOmegaに関わってくる人間たちがいる。
まずはTashi Tengrit。同性愛のチベット僧。次期のダライ・ラマ候補を探しにチベットから外界に降りてくる。Omegaがティッシュペーパーの箱を念力で動かすのを見て、これぞダライ・ラマの生まれ変わりだと思い込む・・・。
あとはパフォーマンス・アーティストのMatthias Schamp。海中でのサメを使ったパフォーマンスをきっかけに、行方不明のKoljaとBirteの発見される。謝礼がもらえるというので出かけて行って、Gustoと意気投合。最後のブラックホールとの戦いで活躍・・・?
地球の危機を招来する側の人物も紹介。
素粒子物理学者Sabrina Steward。Gustoが素粒子論やら超ひも理論やらに詳しいのはSabrinaに一目惚れしていたからだったりする。表はまじめな物理学者だが、タイムトラベルを実現したいという、他の物理学者には言えない欲望を抱いている。ブラックホールのそばは時間の進み方が遅くなるので、近くにとどまることができれば、タイムトラベルできる。それでブラックホールを作りたい・・・。
そして、このSabrinaに近づいて、ブラックホールを作らせようとする人物がBuzz Monster、世界一の金持ち。ドストエフスキーに感化されて、世界一の金持ちになって物乞いしてみたいと思うようになった人物。最初は慈善活動に励むものの、世界はいっこうによくならない。なら、いっそ破壊してしまえ、と極端に走る。それで、Sabrinaに接近、CERNのような施設を作り、ブラックホール生成に必要な素粒子衝突装置を提供する。
で、ブラックホール出現。Sabrinaはブラックホールに飲み込まれる。ブラックホールは最初は大きさを維持、そこに野次馬が群がり、ジェームズ・キャメロンがブラックホールを撮影、そのスポンサー(コカ・コーラかどこか)がCM効果を狙う。が、ついにブラックホールは膨張し始める・・・。
Gustoは愛するSabrinaが心配ですぐさまそこに向かおうとするが、Omegaはなんと協力を拒否、モデルのコンテストを選ぶという展開に、読んだ本と話が違うじゃないかとElias。このままでは地球は滅亡じゃないか。
でも、最後はブラックホールは消滅、地球は救われるが、その鍵となるのはElias Zimmermann本人なのだった・・・。
と、あらすじを書いてみたが、この本をおもしろくしているのは、語り手を含めた登場人物たちが作り出す個々のエピソードやシチュエーションを、あるときは意表をつく視点から、また、いろいろな話題をぶち込みつつ、アイディア豊かに縦横に語り尽くす、その語りの巧みさのほう。
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