ドイツ語多読本:Thomas Ziegler: Stimmen der Nacht
ちょっと昔のドイツのSF。1984年に短編で出て、その後1993年に長編化されたもののようだ(どちらもラスヴィッツ賞を取っている)。つい最近、電子書籍版(紙の本も)で再刊された。
以前紹介した”Der Komet"は第一次大戦がなかったら、という話だったが、これも歴史改変物だった。ベルリンに世界初の原爆が落とされて、第二次大戦が終了、その後モーゲンソー・プラン(ドイツから工業を奪い、永久に農業国のままにして二度と戦争を起こせないようにしようという、アメリカ財務長官モーゲンソーの計画)が実行されて・・・、そんな話。
日本のアマゾンにKindle版はない(もちろんドイツのアマゾンにはある)ので、Koboのepub版で。
Thomas Ziegler: Stimmen der Nacht
48000語
戦争が終わって40年後くらい。主人公はアメリカ人で、テレビのショー番組の司会なんかをしている一般人。小説冒頭、ドイツのケルンに向かう途中ヘリの中で、死んだ妻の声に悩まされている。針の頭ほどのマシンが現れ、飛び回り、妻の声で恨み言を語り続けるのだ。このマシン、いくら捕まえてもどこからともなく現れるし、発せられる妻の声は録音ではないという不可解な代物。あの世から声を伝えてくるとしか思えない・・・。
主人公がケルンに向かっている理由も、この不可解な声のため。実はケルンの大聖堂でも同じように死者の声が聞こえるというのだ。それもヒトラーやゲッペルス、ヒムラーなどナチスの大物たちの声が。主人公はこの不可解な死者の声を初めて聞いた人間だ、というわけで、ケルンで騒いでいるナチスの亡霊を黙らせてほしい、そんな無茶な依頼でCIAとともにケルンに向かっている。
というのも、モーゲンソー・プランなど戦後ドイツへの厳しい制裁によって、ドイツは荒廃、2000万人ものドイツ人が南米など海外に流出、その中にはフォン・ブラウンなど優秀な科学者だけなく、ナチスの残党も含まれており、彼らは南米を掌握、核兵器を保有するほどの巨大勢力になっているからだ。ナチス・ドイツの過去の反省どころか、帝国の復活を目論んでいるわけで、そこにヒトラーの声が聞こえるなんて話が伝わったら、面倒なことになる・・・。
もちろん無事にケルンにたどりつけるわけもなく、ドイツ国内のナチスのゲリラ部隊に襲われたり、ドイツと協力関係にあるスペインのファシスト党に誘拐されたりと、息もつかせぬ展開・・・。
途中、自白剤のせいで精神に失調をきたし、「殺さないでくれ、同僚の〇〇はユダヤ人だから、俺じゃなくアイツを殺せばいいだろう、俺を助けてくれるなら、ユダヤ人600万人殺してもいい、それで足りなかったら、世界中の人間を殺せばいい、でも俺だけは助けてくれ」なんて叫ぶ主人公が生々しい。普段はナチスに拒否反応を示していても、自分の命がかかるとなれば、人間なんてこうなるかもしれないという、冷徹な作者の視線が印象的。
あとはネタバレ。
結局はヒトラーたちの声を引き連れて、南米ドイツ勢力を率いているマルティン・ボルマンのいるアンデスへと連れて行かれる主人公。ボルマンやらメンゲレ(アウシュビッツで人体実験なんかをやっていた医者)やらと会話中、ヒトラーたちの声が語りだす。歓喜に震えるボルマンら。
そこに、核兵器を積んでドイツに向かった艦隊がイギリス軍と交戦、という報が届く。戦争開始だとばかりに核シェルターに逃れるボルマンたち、そして、ミサイルが飛来してくる中、声だけなく妻の姿を見る主人公。そして、妻に導かれて門をくぐると、東西ドイツ統一を祝う国会議事堂前。そこで主人公は我に返る。このドイツは誰もが知っている現実のドイツらしい。ドイツ統一で浮かれる人々の中、ヒトラーの声を聞いた気がする主人公・・・。
このラストの国会議事堂前の場面はイタリックで書かれていて、それまでの話とは区別されている。これは夢オチで、それまでの話は主人公の夢だったととも取れるし、逆に国会議事堂前の場面のほうが、ミサイルで死ぬ間際に主人公が見る幻覚とも取れる。もちろん、SF的に、並行世界的な別のドイツからこのドイツにやってきたのだと読んでもかまわなさそう。このあたりはぼやかして書いてある感じ。
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