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2013年10月26日 (土)

ドイツ語書籍:Stefanie Zweig: Das Haus in der Rothschildallee

フランクフルトのユダヤ人Sternberg家の物語。
第4部まであって、1900年から1950年までの、二度の大戦を含む激動の時代を生きた家族の年代記。

第1部の本書は、1900年から1917年の第一次世界大戦の終わり頃までの話。

日本のアマゾン、Koboストアにはないので、ドイツの書店からKoboで読めるepub版で。

Stefanie Zweig: Das Haus in der Rothschildallee
Das_haus_rothschildalee

67000語

フランクフルトはかつて大きなユダヤ人ゲットーがあった町で、Rothschild(英語で言うとロスチャイルド)の家もそこにあった。Rothschildalleeという住所もそこに由来するのだろう。

で、Rothschildallee 9番地に引っ越してきたSternberg家。そこから本格的な話は始まる。
商売もうまくいっていて、裕福なJohann Isidor、その妻Betsy、長男のOttoに、双子のErwinとClara、赤ん坊のVictoria。それから、家の台所をまかされているJosepha。

物語は基本、家の中の出来事、家族のメンバーの感情や思考を丹念に描く。したがって、父親のJohann Isidorの仕事の様子や子供の学校の様子、あるいは、第一次大戦に向かっていく政治状況や社会の動きなど、外の出来事が詳しく語られることはない。あくまでも、物語の中心は「家」のようだ。

なので、1900年から1917年頃までのドイツのユダヤ人の生活や習慣、メンタリティなどの一端を知るにはうってつけ。その代わり、日々の生活の細々とした事柄が詳細に描かれ、とくに前半はこれといったドラマもないので、ちょっと飽きてくるかもしれない。

後半は第一次大戦中の、Sternberg家の様子が語られる。ここでも中心はあくまでの家の中の様子、家族のメンバーの様子がいろいろ語られる。

おそらく一番内面のドラマを経験しているのは、父親のJohann Isidorなので、彼のことだけ書いておこう。
開戦時、Johann Isidorと長男のOttoは戦争を歓迎する。皇帝の「ドイツ全体一丸になって戦おう」みたいな談話に感激する。どうやらユダヤ人はそれまで兵士になれなかったようなのだが、いまやユダヤ人もドイツ人と同等に戦争に参加して、愛国心を示すことができる、と思ったからだ。息子のOttoは18歳、喜び勇んで戦争に向かう。だが、父親のJohann Isidorは年齢のために兵役につけず、祖国に命を捧げることができないと、鬱鬱とした日々を送ったりする。

もちろんそこには、ユダヤ人はおそらくドイツ人以上に愛国心を示さなければ、社会に受け入れられないというプレッシャーがあったにちがいない。ドイツ人が愛国心を示すというのは別の意味があったはずだ。

だが、戦争が長引くに連れて、そういうJohann Isidorの気持ちは裏切られていく。

まずはOttoの戦死。それをきっかけに、祖国に命を捧げることは義務なのだという考えも揺らぎ始めるし、子供とのつきあい方もかわってくる。そして、それまでは大きな祝日に義理で行っていただけのシナゴーグにも行くようになったりする。

ただ、それでもまだドイツ社会に「同化」する努力を続けていれば、いつかはユダヤ人もドイツ人に受け入れられるはずという信念は捨てていない。
それが表れているのは、Josephaの食料調達のエピソード。戦争が長引き、食糧難が続く中、Josepahaは田舎の親戚のところへ行って、物々交換で食料を得ようとするのだが、ケンカになってしまって、相手が「ユダヤ人は徴兵逃れをしている」とか「戦争を利用して金儲けをしている」といった、反ユダヤ主義的なセリフを口走る。それで、長年Sternberg家に使えるJosephaは激怒。「こんな連中のためにうちのOtto坊ちゃんは死んだのか」と。(Josephaはユダヤ人ではない)
ところがそれを聞いたJohann Isidorは、よくあるただの女のおしゃべりだと受け流し、妻のBetsyは食料調達のつてをなくしたと腹を立てるだけ。事態の深刻さに目をむけようとしない。

だが、戦争も終わりの1917年、ドイツへの「同化」の努力が幻想だったことに気づかされる。
それは兵役についているユダヤ人の調査を行うと政府が発表したこと。これは、ユダヤ人は兵役を逃れているとか、戦いの前線に行かないようにずるをしているという、反ユダヤ主義の声に負けたものだった。Johann Isidorはこれで、ドイツという国や皇帝に対する気持ちを失ってしまう。

以上、一番大きな心情の変化を経験するJohann Isidorの内面を追うとこんな感じだ。
もちろん家族の他のメンバーのことも語られているが、それは実際に読んでみてのお楽しみ。



文章は、軽く読めるように書かれたエンターテイメント系の小説とは違って、ちょっとレトリカル。当時の時代にあわせてなのか、古風な表現もあったりする。エンターテイメント系小説の文章はつまらない、無味乾燥なんて思う人にはいいかもしれないが、多読にはちょっと向かないかも。

次の巻は"Die Kinder der Rothschildallee"。10年後の子供たちがメインのようだ。1920年代後半からナチス前夜までの時代の話。

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