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2013年8月12日 (月)

多読が必要なわけ:文法と単語を覚えれば、なんて、嘘だし

多読に使えそうな本をいろいろ紹介しているが、その「多読」って何?みたいなところも自分なりに説明してみようかと。
理屈っぽい話になる。


外国語を理解するというのは、訳語や文法の照合作業をして、日本語に置き換えること。そう思っているから、単語と文法を暗記すれば何とかなる、なんて思ったりもするわけだ。

けれども、単語と文法を覚えるとして、実際にどうするつもり?
単語集みたいなもの買ってきて、ひたすら暗記する? 文法は参考書の解説を頭に叩きこむ? それで本が読めるようになる?

訳語や文法の照合作業をして、日本語に置き換えるという読み方は、言ってみれば、暗号解読。
それは外国語の本がすらすら読めるというのとは、まったく違う。

では、その「すらすら」とはどういうこと?
あれこれ頭を使わなくても、読めばわかる、という状態。つまりは、暗号解読をしなくてもわかる、というのが言い過ぎなら、意識的な解読作業をしなくても、頭が自動処理してくれる状態。

単語と文法の暗記では暗号解読しかできないというか、暗号解読するための勉強が単語と文法の暗記だというか。

そもそも単語の意味は、最低でも文全体を見なければわからない。単語の意味は複数あって、そのどれを選ぶべきなのかは文を見て判断するしかないからだ。実は文だって、文脈から切り離されたら、意味はわからない。たとえば、「彼は頭がいい」という文。彼はすごいという意味で言っているのか、実は皮肉で「あのバカ」と言っているのか? そこを理解しなければ、単語と文法の照合をして「彼は頭がいい」という訳文を作ったところで、何もわかっていないのと同じ。

文法も、具体的な文の形でしか目に見えない。「文法」なる抽象物が生のまま現れるなんてことはない。実際の文章にいくつも触れることで、覚えていくしかやり方はない。

だから、本当に言葉を理解する力をつけたかったら、ある程度まとまった文章、つまりは、本を読むのが一番だ、ということになる。たくさん読むことで、文全体から単語、文脈全体から文を理解する能力がつく。単語と文法の暗記だけでは、まともに本が読めるようにはならない。

それに、単語や文法の暗記より、何か本を読んだほうが楽しいはずだし。

では、本を読むとして、「すらすら」読めるようになるにはどんな本を、どんなふうに読めばいい?
やさしい本、わかる本をたくさん、そして、訳さずに読む、だ。

たくさん何冊も読んでいるうちに、あれこれ解読作業をしなくても、単語だろうが文法だろうが、勝手に自然に頭が判断してくれるようになる。それは慣れだから、すらすら洋書が読めるようになりたいなんて夢を見ているなら、多読は必須。

次回に続く

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