2008年のドイツSF大賞(長編部門)受賞作。
Kindle版で。
Frank W. Haubold: Die Schatten des Mars
98000語
後書きによると、ブラッドベリの「火星年代記」を40年前に図書館から借りて読んで、あまりに面白かったので、そのまま返さずに自分のものにしたくなったほど、だとか(けっきょく返却したのは、盗むとその負い目で、本が楽しめなくなると思ったから)。それ以来ずっとこんな話を書いてみたいと思ってきたそうだ。
なので、火星の話。
SFだが、最初はまるでSFとは思えない。どうやら世界はイスラム側と戦争をしているらしく、テロで親友をなくした少年が、友人たちとロケットを作って追悼しようという、なんかいい話だったりする。後にこの少年が火星に行くわけだが、話はいくつかの筋を並行してたどる。
別の筋では機械いじりが好きな少年。クモとかヘビのロボットを作っては人に迷惑がられているが、なぜかそんな少年に興味を持つ少女。そして、事故で少女は死に、少年は後に人工知能の研究をして、死んでしまった少女をソフトウェア的に再現しようとしたりする。彼もまた火星へ。
それから、バレリーナ。故郷を出て世界的名声を得てから、苦い回想もありつつも、故郷に帰ってくる。ところが、事故で両足に怪我をしてしまう。それでも重力の弱い火星で再起を果たす。彼女もまた過去に愛する人をなくしていたりする。
他にも別の人物をメインにした話があるが、こんなふうにいくつかの筋を一つの話にまとめた小説。
で、火星は? 最初のロケット少年が火星に第一歩を記した人間になる。それ以後、火星への入植が始まるのだが、話はSF的というより幻想よりの展開。たとえば、このかつてのロケット少年。地球にいる時から奇妙な町の夢を見ているのだが、それが実際に火星にあったりする。そして死んだ親友らしき人が現れる。幻覚なのか妄想なのか、あるいは火星にある何かの作用なのか・・・? 他にも死別した愛する人に再会して、いっしょに暮らしたりする人も。
それがなぜ、何によるものなのかは、はっきりとは説明されない。
地球の戦争が激化したらしく、火星への入植は放棄される。それでも、どういうわけか失われたものを取り戻した人たちは火星に残り、火星人(?)の町へ向かって船に乗って向かっていく。何やら人間の物理的制約とか個々の意識の区別とか、あるいは時間をも超越した存在の仕方へ向かっていく、そんな雰囲気(個人的な感想)。
というわけで、何やら喪失の痛みと、失われたものの再獲得の物語と言えなくもなさそうだが、別に失われたままの話だっていいだろうに、なぜか喪失は回復されるんだよな。そこのところがちょっと気持ち悪い。なんで火星は人の願望を都合よくかなえてくれるわけ?
なんか悪く言っているようだけど、それぞれの筋、エピソードはちゃんと読み応えがあって、おもしろいので安心を。